無理がきくと思っていた自分が、回復に時間を取られるようになった話

静かな部屋のデスクに置かれたノートとコーヒーカップ。間接照明に照らされた落ち着いた空間。 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第57話「分からない日にも、コーヒーを淹れる」


職場に若い人が多い。
自然と会話も増えるし、気持ちも引っ張られる。
自分も若い感覚でいられるのは、正直ありがたいことだと思っている。

でも最近、ひとつだけはっきり分かったことがある。
気持ちは若くても、身体はちゃんと年を重ねているという事実だ。


若い気持ちと、年齢を重ねた身体

普段、若い人たちにチヤホヤされて、
「まだまだイケるんじゃないか?」なんて気分になることもある。
でも、それを真に受けてはいけない。
……これは本当に、そう思うwww

瞬間的に無理ができる日は、まだある。
気合で乗り切れる日も、正直ある。
問題は、その“あと”だ。

若いころなら、一晩寝れば戻っていた疲労が、
今は、二日、三日とかかる。
体調を崩したあとの回復に、明らかに時間がかかるようになった。

無理をした
→ 体調を崩す
→ 元に戻すために、若いころの倍の時間が必要になる

この流れが、はっきり見えるようになった。


任せられない現実と、抱え込む仕事

じゃあ、無理をしなければいいのか?
若い人に任せればいいのか?

……それが、簡単にできるなら、とっくにそうしている。

僕は、会社の中でも少し特殊な職域にいる。
いわゆる、機密事項に触れる仕事だ。

厳密に言えば、
やっている“事”そのものは、誰にでもできる
慣れてしまえば、決して難しい仕事ではない。

それなのに、
「僕の代わり」は、簡単には務まらない。

理由はひとつ。
会社の機密事項を外部に口外しない人間だと、信じてもらえているから。
……そう、思いたい(苦笑)

信用とか信頼とか、
格好いい言葉で語れるほど立派な話じゃない。
現実はもっとシンプルで、
「今は、一人で抱えるしかない」というだけの話だ。


限界を自覚した一年

正直に言えば、
この状況は、数年前から限界を迎えている。
完全にキャパオーバーだ。

それでも、
「できるところまでは」
そう思って、2025年もトライしてきた。

結果、どうだったか。

リアルに、
限界かもしれない
そう感じた一年になってしまった。

片腕(後釜)がいない
→ 無理をする
→ 体調を崩す
→ 回復に時間がかかる
→ また無理をする

このループは、もう続けられない。


走り方を変えるという選択

だから今、考えている。

・片腕(後釜)を育てる
・仕事のやり方を根本から工夫する
・会社で取り組んでいる「AI社員育成」を、もっと加速させる

どれか一つではなく、
全部を同時に進めないといけない段階に来ている。

若い人に任せること。
無理をしないこと。

それは甘えでも、逃げでもない。
ちゃんと続けるために、
ちゃんと考える年代に入っただけなんだと思う。

若い人と同じペースで走らなくてもいい。
役割が違うだけだ。


あとがき

太く短く、ではなく、 太く、できるだけ長く。

家庭にも、職場にも、
ちゃんと役に立ちながら生きていくために。

今は、その“走り方”を変える時期なんだろう。


📘 次のお話:第59話「無理の効き方が変わってきたことに気づいた日」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
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