喫茶カトレアで聴いたジャズと、クリームソーダの記憶

コーヒーのある時間

あの店の名前は「カトレア」だったと思う。
踏切のすぐそばにあって、ガラスの扉を開けると
かすかにコーヒーとバターの香りが混ざり合っていた。

母は週に三、四度、その喫茶店へ通っていた。
もちろん、僕も一緒だ。
記憶に残らないほど幼いころから、
僕の“日常”の一部としてそこにあったらしい。

注文するのはいつも決まっていた。
クリームソーダか、プリンか、バニラアイス。
バニラアイスには必ずウェハースと赤いサクランボが付いていた豪華仕様!
今思えば、メニューのどれを選んでも「甘い時間」だった。


ジャズが響く午後

店内では、静かなジャズが流れていた。
当時は幼くて知る由もなかったが、
マイルス・デイヴィスのような、
当時流行り始めたジャズ・フュージョンのサウンド。
トイレに立つと、木のドアの向こうから
少し籠ったその音が心地よく響いた。
あの残響を、今でも思い出せる。

音と香りが混ざる空間――
たぶん僕の中の“落ち着く空気”の原点は、
あのカトレアの午後にあるんだと思う。


家でもコーヒーの香りがした

家では母がネッスルのインスタントコーヒーを飲んでいた。
黒いラベルに黒いキャップ。
「ネスレ」なんて呼び方じゃなく「ネッスル」。
白砂糖とクリープを入れた甘いコーヒー。
クリープが切れている日は、砂糖だけで“ちょっと大人な味”。

その湯気の香りもまた、
僕にとっての“安心の香り”だった。


はじめて自分で淹れた日

中学一年の春から夏にかけての頃、
母がスーパーの実演販売でドリップセットを買ってきた。
ドリッパー、サーバー、フィルター、そして200gの粉。

母が淹れるのを見よう見まねで、
僕もドリップしてみた。
不思議なことに、ちゃんと美味しかった。
あのときの「できた!」という感覚は、
今でも胸の奥に残っている。

母はきっと、当時すでに正しい淹れ方を知っていたんだろう。
それを見せるでもなく、教えるでもなく、
ただ自然に伝えてくれたのだと思う。


サイフォンの炎に魅せられて

中学二年になる頃、僕は喫茶店めぐりを始めた。
1980年代初頭。
カフェなんて言葉はまだなく、
スターバックスもタリーズも影も形もない時代。

そのころの喫茶店では、サイフォンが主流だった。
アルコールランプの小さな青い炎が、
カウンターの上でずっと灯っていた。
湯が上ボールに上がり、粉と混ざる。
店内にコーヒーの香りが広がる瞬間。
その香りを吸い込むと、
胸の奥が“ととのう”感じがした。

木のヘラで優しく混ぜるマスターの手元を見ながら、
僕はいつも思っていた。
「この所作、まるで魔法みたいだな」って。

そのうち、顔なじみのマスターたちが
内緒でハンドドリップのコツを教えてくれた。
母の淹れ方が間違っていなかったことを
このとき初めて確信した。


そして、今

あれから46年。
時代は変わっても、
コーヒーの香りが漂う朝は変わらない。

最近、タイムモアのS3グラインダーを買った。
ハンドルを回すと、
ザラリ、ザラリと豆が砕ける音。
そのリズムの中に、
遠い昔の“カトレア”の午後が、
ふっとよみがえる気がする。


☕あとがきのひとこと

あの日のクリームソーダの色を、
いまもコーヒーの香りの中に見ている気がする。


📘 次のお話:第2話「ほぼミルクのコーヒーとトースト浸し — 僕の原点は“ネッスルの朝”」

タイトルとURLをコピーしました