晩秋の庭で咲いた赤——クリムソングローリーが教えてくれたこと

晩秋の庭で季節外れに咲いた深紅のクリムソングローリー 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第24話「小さな旅のあとで」


朝の空気がひんやりとしてきた晩秋の庭で、目を奪われるように赤い花が咲いていた。
クリムソングローリー。夏の終わりから徐々に葉を落とし、枝だけになりかけていた鉢のバラが、十一月の終わりに突然、火のような赤を灯した。


冬の庭で出会った赤

季節外れの一輪だった。
葉は今年の残暑に焼かれたように黄ばんで、ところどころ茶色に変色していた。それでも、そこから立ち上がるように花弁が重なり、見事な赤を見せていた。

思い返せば、この鉢は2017年以降の台風を何度も屋外で耐えてきた。雨に叩かれ、風に揺さぶられ、それでも根を張り直して、また春を迎えてきた。
そんな小さな生命力の積み重ねが、この晩秋の奇跡につながっているのだと思うと、胸の奥が少し熱くなった。


赤の記憶と花の意味

クリムソングローリーには決まった花言葉がないと言われている。けれど、古くから伝わる言葉には、いくつかの響きが残っている。
「胸に火を灯す」
「素朴な愛らしさ」
「幸運を呼ぶ」
「情熱」
「愛情」
「美貌」
「貴女を愛します」
どれをとっても、この赤によく似合っていた。

近づくと、ふわりと甘くて深い香りがした。
クリムソングローリーはダマスク系、とくに“ダマスク・クラシック”と呼ばれる強香のタイプだという。オールドローズに近い、クラシックで少し懐かしい香り。

その香りを嗅いだ瞬間、胸のつかえがスッとほどけた。
懐かしさと、安心と、少しの温もり。
まるで「今日も大丈夫だよ」と、花そのものが語りかけてくるみたいだった。


2025年11月24日のクリムソングローリー


小さな奇跡が教えてくれたこと

植物は、言葉を持たない。けれど、確かに“伝えてくるもの”がある。
季節外れに咲いたこの赤は、たぶん花自身の都合ではない。気温の乱れや天候の影響、偶然が重なって、ただ「そうなった」だけかもしれない。

それでも、私はその偶然に救われる。
季節に逆らって咲いた一輪を見ると、どんな日にも、小さな“灯り”はまだ残っているのだと思えるからだ。

十一月の冷たい風のなか、赤い花は静かに揺れていた。
その姿はどこか、過ぎていく季節の向こう側で、そっと手を振ってくれているように見えた。


あとがき

花が咲く理由は、いつも花だけが知っている。
けれど、こうして偶然の一輪に出会えると、季節の流れの中にも“思いがけない余白”があるのだと思えてくる。
今年の終わりに咲いた赤はいまも窓辺で揺れ、静かに冬を迎える準備をしている。


📘 次のお話:第26話「冬を迎えるための小さな準備たち」

プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
Opuppuをフォローする
タイトルとURLをコピーしました