🕊️ 前回のお話:第56話「少し楽になった日、いつもの味とコーヒーと南蛮漬け」
朝、コーヒーを淹れた。
体調はまだ万全ではないけれど、昨日よりは少し楽になっている。
ここしばらく、粉状のコーヒーを飲んでいた。
いただき物で、お湯を注ぐだけ。
忙しい朝には、それで十分だった。
今日は久しぶりに、豆をコーヒーミルで挽いた。
豆を挽くところから、気分が変わる
ガリガリとした音。
挽いた瞬間に立ち上がる香り。
その時点で、もう少し気分が違う。
時間がない朝は、正直ちょっと大変だ。
でも、時間にゆとりのある日は、
ミルで豆を挽くところから、その日のコーヒーが始まる。
挽き目はどうするか。
粗挽きか、中挽きか。
それだけで味が変わる……はずだ。
何で淹れるか、という迷い
次は抽出方法を考える。
ハンドドリップ。
スイッチ。
クレバー。
フレンチプレス。
選択肢はいくつもある。
でも、ふと思う。
本当に、その違いが分かっているのだろうか。
味覚ほど、あてにならないものはない
体調ひとつで、
コーヒーの印象は簡単に変わる。
寝不足でも変わる。
頭痛があっても変わる。
前日に何を食べたかでも変わる。
味覚なんて、実にいい加減だ。
いや、人間そのものが、いい加減な生き物なのかもしれない。
今日は、
「フルーティーだ」とか
「透明感がある」といった言葉が、しっくりこなかった。
今日は「分からない日」
今日は、分からない日だった。
同じ豆なのに、
昨日ほどの感動はない。
不味いわけじゃない。
ただ、はっきりしない。
でも、それでいいと思えた。
コーヒーは、評価するためのものじゃない
コーヒーは、
点数をつけるためのものじゃない。
誰かに説明するためでも、
違いを語るためでもない。
自分の状態を、
そっと映すものだ。
今日は、
「まだ無理するな」というサインだったのかもしれない。
分かる日も、分からない日もある
また体調が戻れば、
同じ豆が、違って感じるはずだ。
分かる日もあれば、
分からない日もある。
それでいい。
豆を挽く時間も、
粉で済ませる朝も、
どちらも自分の生活だ。
あとがき
違いが分かるかどうかより、 分かろうと迷っている時間そのものが、 その日のコーヒーだったのかもしれない。

