🕊️ 前回のお話:第28話「あの日の涙と、季節の気配」
朝の光が弱くなり、部屋の片隅に落ちる影が少しずつ長くなってきた。
気づけば十一月も終わりに近づいていて、この秋に残ったものを、そっと振り返りたくなった。
季節の終わりは、心の棚卸しのような時間だ。
光の変化が教えてくれたこと
秋は、光の季節だった。
朝の窓辺に立つたびに、光の角度が変わっていくのを感じた。
夏よりも低く、やわらかく、家具の影は少し長く、淡く伸びて見えた。
夕暮れは早く、空の色が赤から灰色へ移るまでの時間が短くなる。
その切れ目のような瞬間に、秋が深まったことを知った。
ただ光を眺めているだけで、季節が静かに進んでいることを教えてくれる。
秋は、そんな光の移ろいが一番豊かな季節だった。
風と空気の匂いが少しずつ変わった
風は正直だ。
九月の柔らかさが遠ざかり、十月には少し乾きを帯び、十一月には冷たさの輪郭がはっきりしてくる。
朝、窓を開けたときに流れ込む空気の匂いは、その日の季節を知らせる合図だった。
オペラと散歩に出ると、風の軽さが日に日に変わっていくのがわかる。
耳がふるえるほど冷たい風でも、それを確かめるように鼻を動かしていた。
風が変わるとき、秋の終わりがゆっくりと近づいてくる。
暮らしの中に積み重なった秋の気づき
秋の気配は、生活の小さなところに宿る。
ホットコーヒーを淹れる回数が増え、フォレスターの暖房を「一瞬だけ」つける日が増えた。
夜の部屋が静かになり、朝は湯気が恋しくなる。
ストールやカーディガンを手に取ることも、当たり前になってきた。
そうした些細な変化が、秋を形づくっていくのだと思う。
秋は、暮らしの中にひっそり積もっていく季節だ。
オペラと過ごした、この秋の小さな記憶
オペラと過ごした秋の時間も、静かで、あたたかいものだった。
日向ぼっこをしながら目を細める姿。毛並みの変化に気づいた日。
散歩の途中で立ち止まり、風の匂いを嗅いでいた仕草。
光に包まれたまま眠る姿は、まるで秋そのものを抱きしめているようだった。
小さな命の変化は、季節の深まりと不思議とよく響き合う。
秋が深まるほどに、オペラの体温がより愛おしく感じられた。
秋がくれた、ささやかな気づき
秋が深まるにつれ、心がしんと静かになる時間が増えた。
そんな中、ふと耳にした「人生で後悔したこと」という話題が、どこか胸に引っかかった。
——他人の期待に応えすぎてしまうこと。
——やりたいことを後回しにしてしまう癖。
——感謝をうまく伝えられない日々。
——仕事ばかり優先してしまうところ。
——健康を当たり前だと思ってしまうこと。
——Noと言えずに無理をしてしまう癖。
特別な話ではなかった。誰かの日常にあった、よくある気づきの話。
それなのに、どれも僕の胸に妙に刺さった。
そして気づいた。
——これ、いつも妻が僕に言ってくれていることだ。
任せられる人がいないと思い込んでしまうところ。
時間が足りないからと後回しにする癖。
素直に「ありがとう」を言い忘れてしまう日々。
仕事に偏りがちだった頃の自分。
主張ができているようで、まだ十分ではない部分。
持病や膝の痛みを通して知った健康の大切さ。
どれも、向き合っているようで向き合えていなかった。
冷静に振り返れば、答えは明白だった。
向き合っていない。
このままでは、いつか妻が愛想を尽かしてしまうかもしれない——
そんな不安が、ふと胸をかすめた。
だけど、この秋は少し違った。
オペラと過ごす時間が、“命と向き合う”ということの重さを改めて教えてくれた。
家族との時間をどう作っていくべきか。
仕事ばかりではなく、心のバランスをどう整えていくか。
秋の終わりに立って、そんなことを自然と考えるようになった。
秋を見送る日
秋は、気づかないうちに過ぎていく。派手な彩りを見せるわけでもなく、ただ静かに、そっと終わっていく。
季節は振り返るときにだけ、はっきりと形になる。
秋が残していったのは、光の移ろいと、風の匂いと、心の奥に残るかすかな温もり。
冬の気配はすぐそこまで来ている。
その前に、この秋を静かに見送りたいと思った。
あとがき
秋は静かに心を整えてくれる季節だ。
光や風が変わるたび、自分の内側も少しずつ動いていたことに気づく。
季節を言葉にする時間は、生きている実感をそっと思い出させてくれる。冬の足音が近づく中、今日もまた季節とともに暮らしている。

