🕊️ 前回のお話:第45話「生活が整う前に、居場所が決まった」
新居での生活も、少しずつ日常になってきた。
オペラの居場所が決まり、家の中の空気が落ち着いてきた頃、
ようやく自分の「生活」も戻り始めた気がしている。
それは、料理だった。
90cmのワークトップという選択
今回の家づくりで、密かにこだわった場所がある。
それがキッチンのワークトップの高さだ。
一般的には85cm前後が多いらしいけれど、
過去の家では、どうにも低くて腰がつらかった。
そのことを何気なくぼやいた時、
妻がこう言ってくれた。
「じゃあ、自分の使いやすい高さにしたら?」
その一言で、90cmのワークトップが実現した。
料理のストレスが、静かに減っていく
実際に使ってみると、驚くほどやりやすい。
包丁を持つ手も、フライパンを振る腕も、
どこにも無理がかからない。
ほんの数センチの違いなのに、
料理中のストレスが、確実に減っている。
「また自炊しようかな」
そう思えるようになったのは、この高さのおかげだ。
整っていないのは、僕のほうだった
ただし、良いことばかりではない。
最近、妻の不満が爆発した。
「ここ、あなたのテリトリーでしょ?
なのに、全然整えないよね。
私ばっかりじゃん!」
ぐうの音も出ない。
整理整頓は、完全に妻のほうが上手だ。
「得意なほうがやればいい」
そんな甘えが、しっかり見抜かれていた。
食洗機という“理想”と“現実”
欲張って導入したビルトイン食洗機も、
正直、まだ活躍しきれていない。
予洗いが必要だと知ったとき、
「それ、手洗いと変わらなくない?」
と思ってしまったのも事実だ。
それでも、本来の役割は
家族と過ごす時間を増やすこと。
使いこなせていないのは、
機械のせいじゃなく、僕たちの問題だ。
食事を作るという、見えない労力
料理は、作る前から始まっている。
献立を考え、
食材を揃え、
下ごしらえをして、
調理し、
盛り付け、
やっと食べられる。
そして、片付けと洗い物。
この一連の流れを、
誰かが担っているという事実。
家庭でも、外食でも、
作ってくれる人への感謝は尽きない。
対等…ではないけれど
我が家では、妻も僕も料理をする。
だから一見、対等に見える。
けれど実際は、
細やかな部分は、まだまだ妻任せだ。
それでも、
「おぷっぷが作る○○、美味しいから」
そう言われると、
つい、また頑張ってしまう。
単純な脳だと思うけれど、
それでいいのかもしれない。
あとがき
オペラがリビングに居場所を見つけたように、 僕もキッチンに、自分の居場所を見つけ始めている。
90cmのワークトップは、
料理のしやすさだけじゃなく、
「ここに立っていい」という感覚をくれた。家は、少しずつ、
住む人それぞれの形に馴染んでいくものなのだと思う。

