🕊️ 前回のお話:第102話「一本橋という言葉の重み」
できる気がしていた。
昨日よりは、少しマシだったはずだ。
秒数は伸びている。
落ちる回数も減ってきた。
10秒には届かなくても、
確実に前に進んでいる。
そんな感覚はあった。
慢心ではない。
ほんの少しの、希望だった。
できる気がしていた
一本橋に向かう足取りは、
前回よりほんの少しだけ軽かった。
小さな前進があったから
6秒台から7秒台へ。
数字だけ見れば、確かに伸びている。
ときどき最後まで渡れることもある。
不安よりも「次は行けるかも」という感覚のほうが、
わずかに勝っていた。
紙のカード
もう一度、一本橋に乗る直前。
教官から小さな紙のカードを渡された。
タンクと太ももの間に挟んでくださいね~
半信半疑だったが、やってみる。
すると――
少しまともになった気がした。
そしてタイムは9.8秒。
えっ?
あれ?どうした急に。
違う意味で、頭の中が白くなった。
「よし!次、10秒超えましょう!」
苗字で呼ばれた。
応援された。
胸の奥が、少し熱くなった。
マグレかもしれない
もう一度、一本橋に乗る。
慎重に、慎重に。
進まない。
遅すぎる。
揺れる。
そして、落ちる。
その瞬間、はっきりわかった。
さっきのは、マグレだったのか?
砕けたのは、バランスではない。
自信だった。
揺らいだ前提
「自分は、やればできる側の人間だ」
どこかで、そう思っていた。
時間はかかっても、
最後には形になる。
そんな前提が、心の奥にあった。
でも、その前提が、少し揺らいだ。
正直、悔しかった。
同時に、
そんな簡単に習得できるわけがないよな、とも思った。
さっきの9.8秒は、
“コツを掴んだ”感覚ではなかった。
偶然うまくいっただけ。
それを、自分が一番わかっている。
砕けたまま進む
でも、不思議とやめたいとは思わなかった。
悔しいということは、
まだ本気だということだ。
自信は砕けた。
でも、粉々ではない。
ひびが入っただけだ
ひびの入ったまま、
もう一度乗る。
その日、
10秒には届かなかった。
でも、
砕けたまま進むことを選んだ。
それが、今日の収穫だった。
あとがき
今日は、ちょっと特別な体験をした。
ただの紙のカードを
タンクと太ももの間に挟んだだけで、
思いがけないタイムが出た。
そして何より――
教習中に苗字を呼ばれ、
檄を飛ばされ、
応援されながらバイクを走らせるとは思っていなかった。
教官さん、ありがとう。
次は、マグレじゃない10秒を出します。
