🕊️ 前回のお話:第8話「小さなぬくもりのとなりで」
夜の光
部屋の灯りを一つだけ残して、ほかはスイッチを切った。
湯気の消えたカップがテーブルの端にある。
天井から落ちるオレンジ色の輪が、床の上にやわらかく広がっている。
その真ん中で、オペラが丸くなって眠っていた。
湯気のもう上がらないマグカップ。
静かな時計の音。
窓の外を通り過ぎる風の気配だけが、夜の温度を少し動かしていく。
影の中の会話
洗い物を終えた妻が、そっと椅子に腰を下ろした。
言葉は多くない。けれど、その沈黙は不思議と居心地が悪くない。
「明日、晴れるかな」
「たぶん」
短い言葉が、灯の下で丸く転がって、ゆっくりと止まる。
テーブルの脚が床に落とす影が、わずかに揺れた。
その揺れに合わせるように、胸のざわめきも少しだけ遠のいていく。
灯の明かりが、二人の沈黙をそっと包み込んでいた。
灯の下のぬくもり
オペラが小さく寝返りを打って、ふぅと息をこぼした。
影が伸び、また縮む。
光と影のあいだで、今日という一日がやわらかく終わっていく。
手を伸ばせば届く距離に、眠る体温がある。
それだけで、夜は少しだけ明るい。
守る、という言葉の輪郭が、灯の中で静かに丸くなる。
窓辺の静けさ
カーテンの隙間から、遠い街の灯りが細い線になって差し込んでいた。
ガラスに映る部屋の明かりが、もう一つの小さな部屋をつくる。
そこにも、同じ椅子と、同じ丸テーブルと、眠るオペラがいる。
映った世界と本当の世界が重なって、夜は少しだけ深くなる。
あとがき
灯りは、ただ部屋を照らすものじゃない。
そこにいる誰かを、見失わないための小さなしるしだ。言葉が少ない夜も、すれ違ったままの夜も、
この光の輪の中に座れば、同じ時間をわかち合える。今日もどこかで、灯が静かに息をしている。
その明るさの端に、僕たちの暮らしがそっと寄り添っている。

