🕊️ 前回のお話:第7話「オペラ、小さな命を抱きしめて」
朝の光が、静かに部屋の隅を照らしていた。
カーテンの向こうでは、風がまだやわらかく吹いている。
コーヒーの香りが、少しだけ昨日をやさしく包んでいた。
昨夜、妻と少し言い合いになった。
きっかけは些細なこと。
疲れやすれ違いが重なって、互いに言葉が強くなってしまった。
それでも、キッチンに立つといつものマグカップが並んでいて、
リビングの丸テーブルの中で、オペラが丸くなって眠っている。
「……あぁ、日常って、こういうものなんだな」と思う。
完璧じゃなくても、音がして、風が動いて、
そして、ひとつの命が呼吸をしている。
ぬくもりの音
オペラが小さく寝返りを打つ。
その音が、不思議と心を落ち着かせた。
夜のざらつきが、少しずつ朝の空気に溶けていく。
コーヒーを淹れる音、カップを置く音、オペラの寝息。
それらが重なって、ひとつの小さなリズムになる。
その音の中に、昨日の棘が少しずつ溶けていった。
怒りも、言葉も、やがてこのリズムに飲み込まれていく。
言葉にならない距離
妻はまだ寝室にいる。
謝りたい気持ちと、もう少し時間を置きたい気持ちが交錯していた。
どちらが正しいかなんて、わからない。
でも、ふとリビングの隅を見ると、
昨夜、妻がオペラのブランケットを洗って干してくれていた。
日向に乾いた布の匂いが、部屋の中にやわらかく漂っている。
たぶん、それだけでいいのかもしれない。
言葉よりも、こういう“続いていく行為”が、
暮らしを支えてくれているのだと思った。
光の中のオペラ
オペラが目を覚まして、伸びをした。
窓から差し込む光が、毛並みに小さく反射する。
その姿を見ていると、昨夜のことも、言葉の棘も、
少しずつ輪郭を失っていく。
生きるって、たぶんこういうことだ。
誰かとぶつかって、傷ついて、
それでも同じ朝を迎えて、また風を感じる。
あとがき
誰かと暮らすというのは、
「分かり合うこと」ではなく、「すれ違いながらも同じ日常を歩くこと」なのかもしれない。オペラの小さな体温が、
その真ん中で、僕らをそっとつないでいる。ぬくもりは、言葉の外にある。
そして、今日もそのとなりで、静かに息をしている。

