🕊️ 前回のお話:第5話「風とエンジンのあいだで」
2018年にマイカーを手放してから、六年と半年。
あの頃は「車がなくてもなんとかなる」と思っていた。
ガソリン代も、税金も、メンテナンス費も――手放してみれば、思いのほか身軽だった。
電車とバスに慣れた暮らし。
雨の日は少し不便でも、それが日常のリズムになっていた。
けれど、暮らしの風向きは少しずつ変わっていく。
駅近の部屋を離れ、静かな住宅街に新しい住まいを選んだとき、
「足」がないということが、また別の意味を持ち始めた。
フォレスターという相棒
新居は駅から遠く、日々の買い物にはバスが頼り。
それでも、どこかに行くたびに思う。
「犬を迎えたら、どうやって一緒に出かけよう?」
迷いに迷った末、再びマイカーを持つ決断をした。
それが今、我が家の玄関前に静かに佇むフォレスター(中古)だ。
初めてエンジンをかけた朝の空気を、いまでも覚えている。
その振動の奥に、これから始まる暮らしの音が確かにあった。
オペラを迎えに行く日
フォレスターの最初の大仕事は、
チワワの仔犬――オペラを迎えに行くことだった。
助手席には妻、後部座席には小さなキャリーバッグ。
ブリーダーさんの家へ向かう途中、
窓の外をやわらかな風がすり抜けていった。
季節の境目、空は高く、雲がゆっくり流れていた。
オペラの名付け親は妻だ。
チョコレートタンの毛色が、
ダロワイヨのケーキ「オペラ」に似ていたから。
名を呼ぶたび、どこか甘く、優しい響きがする。
日々に混ざりはじめた音
オペラがやってきてから、
部屋の中の音が少しだけ増えた。
小さな足音、短い寝息、食器の音にまじる鳴き声。
それらは新しいリズムになり、
朝のコーヒーの香りをより深くしてくれた。
フォレスターは、
日常の足以上の存在になっていった。
新しい命を迎えるための道を走り、
暮らしを運び、そして家族の記憶を紡いでいく。
あとがき
「持たない暮らし」もよかった。
けれど、「誰かを迎える暮らし」は、それとはまた違う豊かさがある。車と家と、ひとつの命。
どれも“新しいもの”ではあるけれど、
決して自慢でも贅沢でもなく――
静かに、自然に、この手の中へやってきたものたちだ。風がカーテンを揺らすたびに思う。
この日常のどこかに、オペラの小さな息づかいが混ざっている。

お迎え初日のオペラ。
まだ少し緊張している表情が愛おしい。

