🕊️ 前回のお話:第46話「90cmのキッチンに、戻ってきた生活」
今日は、
「“何もしない”をする日」で、
一日が終わった。
この言葉を、
最初に聞いたときの衝撃は、
今でもよく覚えている。
「そんなのでいいの?」と思っていた頃
「そんなので、いいの?」
「時間、もったいなくない?」
それが、
当時の僕の内なる声だった。
昭和、平成初期。
私生活を顧みず、
仕事に邁進するのが当たり前だった時代。
社会人になりたての頃の僕も、
例外なく、仕事最優先だった。
……いや、
正確に言えば、
そうあるべきだと、思い込んでいた。
心と行動のズレ
心と行動の間には、
どこかズレがあった気がする。
あるとき、
自己啓発研修に参加した。
そこで、
「宝地図」と呼ばれる、
今後の人生設計図を作るワークがあった。
書き直した宝地図
僕は迷わず、
最優先事項に「私生活」を書いた。
その次に、仕事。
正直な気持ちだった。
すると講師から、
こんな問いが投げられた。
「仕事を最優先にしていない人が、
本当に私生活を充実させられるのでしょうか?」
その場の空気は、
どこか一方向に流れていた。
結局、
僕は宝地図を書き直した。
仕事。
その次に、私生活。
啓発されなかった自己啓発研修
自分の主張を曲げさせられた、
というより、
自分で曲げてしまったのだと思う。
言い返すのは面倒。
空気を乱すのも億劫。
「まあ、そういうものか」と納得したふりをした。
自己啓発研修なのに、
啓発されるどころか、
流されて終わった。
今でも、
少し悔しさの残る出来事だ。
「何もしない」をするという衝撃
そんな世界観の中で生きてきた僕だから、
妻の口から
「“何もしない”をする日」
という言葉を聞いたとき、
本当に衝撃だった。
「“何もしない”って、なんだよ」
苦笑いしながら、
心の中でそう思った。
何も知らなかった自分
でも、
このときの僕は、
まだ何も知らなかった。
「“何もしない”をする」という考え方は、
くまのプーさんの哲学であり、
映画『プーと大人になった僕』でも描かれている。
単にサボることではなく、
「何もしないこと」を、
意識して行うということ。
忙しい毎日の中で、
「今」に立ち止まるための時間だ。
少しずつ取り入れてみる
最近は、
僕も妻を見習って、
「“何もしない”をする日」を、
少しずつ取り入れるようになった。
とはいえ、
本当に何もしないわけじゃない。
予定を入れない。
時間に追われない。
自分のペースで動く。
それだけだ。
非日常のような、静かな時間
オペラをバギーに乗せて、
一緒に公園を歩く。
用水路を流れる水の音。
鳥のさえずり。
人の話し声。
風に舞う枯れ葉の、乾いた音。
すれ違いざまに声をかけられて、
思わず会話が弾むこともある。
内なる自分と話す時間
こうした時間が、
僕にとっては非日常だった。
でも同時に、
内なる自分と、
ゆっくり会話できる時間でもあった。
心と体を休ませる、
大切な時間なのかもしれない。
あとがき
妻には、 感謝しかない。
そして、
今は非日常だと思っているこの時間も、
いずれ日常になる日が来るのだろう。そう、
遠くない未来に。……たぶん。
いや、きっと。
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