伏せは、教えたからじゃなかった

室内のケージの中で伏せをして静かに見上げるロングコートチワワと、その前でしゃがんで見守る男性の後ろ姿。第117話「伏せは、教えたからじゃなかった」のアイキャッチ画像。 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第116話「デカチワワ疑惑と、主の覚悟」


我が家のオペラに、膝蓋骨脱臼(パテラ)ではないだろうか――
そんな疑惑が、静かに持ち上がっている。

昨年末に一度。
そして今月も、もう一度。

今月よりも、年末のほうがやや重かった。

年末に、かかりつけの獣医師へ相談した。

膝蓋骨脱臼(パテラ)グレード1。
自然に戻る段階の可能性が高いですね。

そう告げられた。

今は経過観察。

そして、日常生活では――

「ジャンプをできるだけ減らすこと」
「興奮を長引かせないこと」

その二つを意識してください、と。

だからこそ。

帰宅の儀式を、変えてみることにした。


帰宅の儀式を変えてみた夜

低い声で「ただいま」。

目は合わせない。
ケージは開けない。

オペラは、いつも通りぴょんぴょん跳ねていた。

ライブ開演。

だが今日は、主が違う。

心を鬼にして、無反応。

数秒、跳ね続ける。

内心は揺れる。

「かわいいけど、今日は違う。」


思いがけない伏せのポーズ

跳ねる。
無視。
跳ねる。
無視。

しばらくして、オペラの動きが止まった。

一瞬の静止。

そして――

伏せ。

指示は出していない。

「伏せ」のコマンドは、まだ完成度が低い。
成功率も高くない。

それなのに、自分から伏せた。

静かに、こちらを見る。

その姿勢が、1分続いた。

1分。

たった60秒。

でも、長かった。

僕は扉を開けた。

落ち着きが、解放の合図になった瞬間だった。


あとがき

あとから考えた。

実は伏せたあと、数秒して目が合った。
どこか誇らしげだった。
「これで合ってる?」ではなく、
「これが正解でしょ?」という顔だった。

なぜ伏せたのだろう。

興奮しているときは、コマンドは入らない。
嬉しさが優先順位の最上位になる。

でも今回は違った。

跳ねても反応がない。
どうすればいいのか、考えたのだろう。

そして、自分で選んだ。

一番落ち着く姿勢を。

伏せは、教えたからじゃなかった。

自分で見つけた“正解”だった。

ちょっと切ない夜だった。

でも、それ以上に誇らしかった。

嬉しさを我慢させたのではない。
嬉しさの出し方を、一緒に探し始めただけだ。

長く、穏やかに、元気でいてほしい。

そのための、たった1分。

扉の前の沈黙は、
僕たちの関係を、ほんの少しだけ更新した。


📘 次のお話:第118話「伏せは、偶然じゃなかった(そして布の上限定)」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
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