年末年始を感じない大晦日、それでもちゃんと年は越していた

夜の住宅街に並ぶ家々と、静かな通りの奥に浮かぶ「2025」の文字 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第60話「仕事納めと、業界の時間感覚の話」


年末年始らしさを、ほとんど感じないまま迎えた大晦日だった。
特別な予定もなければ、イベントらしいこともない。
ただ、やるべきことを淡々とこなしていく一日。
それが、2025年最後の日だった。

オペラの通院で始まる、大晦日

朝はオペラの耳掃除とワクチン接種のため、動物病院へ。
受付は10:30。診察と会計が終わったのは、15:00を過ぎていた。

途中で一度、自宅に戻れるとはいえ、待ち時間は長い。
それでも「一日でも早くやってあげたい」という気持ちが勝った。
年明けの1月2日でも良かったのかもしれないが、そうはしなかった。

結果として、大晦日の時間は静かに削られていった。

真っ暗な中でのお墓参り

病院を出たあと、妻とオペラを乗せて母のお墓参りへ。
到着したのは、17:00を過ぎていた。

すでに辺りは真っ暗だった。

暗闇の中で掃除をして、お供えをして、手を合わせる。
例年なら午前中か昼には終えている行事だ。
今年は少し遅くなってしまった。

母親よ、許してくれ——
そんな言葉が、自然と頭に浮かんだ。

年越しラーメンという選択

一度帰宅し、オペラをケージに戻してから、なじみのラーメン店へ向かう。
店内は満席。小上がり席で相席になったが、カウンターが空いたためすぐ移動。

この店は、大晦日だけ年跨ぎで深夜営業をする。
2024年も2025年も、22時頃に入り、23時過ぎに店を出るのが恒例だ。

深夜帯は酒飲みのお客さんが増える。
だから、長居はしない。
年末最後のラーメンをすすりながら、マスターと少し話ができれば、それで十分だ。

思いがけない「パン」の話

今年は、少しだけ違った。
マスターの奥様と「パン」という食材の話で、思いがけず盛り上がったのだ。

食感、香り、焼き加減。
そんな話をしているうちに、特別メニューとしてパンを使った一皿を出してくださった。

久しぶりに、「おいしい」と素直に思えるパンだった。
ラーメン屋で、パンを味わう大晦日。
2025年の年越しは、思いがけないサプライズ付きになった。

家で迎えるカウントダウン

家でのカウントダウンは、至ってシンプル。
飾り付けもなく、特別な演出もない。

テレビやラジオのカウントダウンに合わせて、
夫婦そろって、小さくジャンプする。
ただ、それだけだ。

元旦はどう過ごす?
そんな会話になっても、答えは同じだった。

「何もしないをする日」


あとがき

忙しかった2025年。 忙しくしたのは、間違いなく自分たちだ。

来年の年末は、もう少し穏やかに過ごしたい。
心の底から、そう思った大晦日だった。


📘 次のお話:第62話「何もしないをする日、だったはずの元旦」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
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