🕊️ 前回のお話:第128話「学校の前で売っていたヒヨコ」
今となっては笑い話だが、
当時の僕には大事件だった。
今回はその話を記録しておこう。
通学路の坂道
小学校へ向かう通学路の風景は、
今でもはっきり覚えている。
商店街を抜けて、
平屋の借家が並ぶ通りを進み、
また小さな商店街を抜ける。
そこを抜けると
新興住宅地があり、
その先に小学校があった。
そして学校の目の前には
ひとつの田んぼがあった。
その田んぼは
校門の直前まで広がっていた。
そして通学路の坂道の終点にあった。
ゆるやかな下り坂。
子どもにとっては
ちょっとしたスリルのある坂だった。
ブレーキが効かない
ある日、
僕は自転車でその坂を下っていた。
友だちと一緒だったと思う。
いつものように
勢いよく坂を下る。
ところが途中で
後輪ブレーキのワイヤーが切れた。
ブレーキが効かない。
一瞬、
「あれ?」と思った。
それでもブレーキレバーを強く握り続けた。
でも次の瞬間には
止まらないことが分かった。
坂道だから
どんどんスピードが出る。
子どもの頭で
必死に考えた。
でももう
どうすることもできなかった。
田んぼへ突入
そしてそのまま
僕は田んぼに突っ込んだ。
泥水が跳ねて、
全身がぐしゃぐしゃになった。
その時のことは
今でも鮮明に覚えている。
田んぼの水は
思っていたより温かった。
そして
あの独特の田んぼの匂い。
子どもの頃の記憶というのは
不思議なもので、
こういう感覚だけは
ずっと残っているものらしい。
そのあと
近くに住んでいた同級生の家の
お父さんとお母さんが
僕を助けてくれた。
すぐに水道のところへ連れて行かれ、
泥だらけの体を洗い流してもらう。
さっきまでの温い泥水とは違い、
水道の水は
びっくりするほど冷たかった。
泥を落としたあと、
「これ着ていきなさい」
そう言って
パンツとランニングシャツを
出してくれた。
子どもだった僕は
少し恥ずかしかったけれど、
とてもありがたかったのを
今でも覚えている。
その日の夜
幼なじみと一緒に
壊れた自転車を押して帰宅した。
事情を説明すると
その日の夜、
両親と一緒に
助けてくれたお宅へ
お礼に行った。
子どもだった僕は
少し照れくさかった。
でも今思えば、
あの時の出来事は
小さな出来事ではあっても、
人の優しさと
礼儀というものを
自然に教えてくれる
出来事だったのかもしれない。
あとがき
あの田んぼは
もうない。
今はマンションが建っている。
でも坂道は残っている。
助けてくれた家も
まだそこにある。
小学校の前の文具屋も
残っている。
風景は少し変わった。
それでも
坂道を見ると
あの時のスピード感を思い出す。
田んぼを見ると
泥だらけになった自分を思い出す。
そして
助けてくれた人の優しさも
一緒に思い出す。
あの坂道の先には
田んぼがあった。
そしてその田んぼには
僕の少年時代の
小さな記憶が
今も残っている。

