毎日同じようで、毎日は違う。

30代と59歳、それぞれの「必死」を象徴する人生の一本道 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第250話「ブログを書いていなかったら、気付けなかったこと。」


ブログを書いていると、こんなことを聞かれることがあります。
「毎日、同じようなことを書いていて飽きませんか?」

もしそう聞かれたら、今の私はこう答えるでしょう。

「同じように見えるだけで、毎日は少しずつ違うんですよね。」

朝起きてコーヒーを淹れる。

オペラと散歩へ行く。

仕事をして帰宅し、ブログを書く。

文字にしてしまえば、昨日も今日もほとんど同じ一日です。
でも、本当にそうでしょうか。

昨日のコーヒーと今日のコーヒーでは香りの感じ方が違います。
オペラが立ち止まる場所も、出会う人や犬も毎日違います。

仕事でも、昨日は思いつかなかったことを今日は自然と理解できることがあります。

同じように見える毎日の中に、小さな変化がたくさん隠れています。

そんなことを思いながら文章を書いていると、ある頃の自分を思い出しました。


30代、毎日を生き抜くことに必死だった

30代前半から半ばにかけて、B型慢性肝炎が悪化した頃のことです。

体調もメンタルも、どん底へ向かって一直線でした。
「病は気から」という言葉は知っていました。

でも、その頃の私には、その言葉を前向きに受け止める余裕なんてありませんでした。

朝、目が覚めても疲れが取れていません。
重い身体にムチを打って起き上がり、シャワーを浴び、食事を済ませて出勤します。

朝の清掃。

朝礼。

お客様の施術。

営業終了。

清掃と終礼。

本来なら後輩の練習を見ながらアドバイスをする立場でした。
でも体力が残っておらず、そのまま帰宅。

シャワーを浴び、夕食を済ませ、少し休んで眠る。

そして翌朝、また重い身体を起こす。
その繰り返しでした。

ある日、ふと思いました。

「この生活を、あと何年続けるんだろう。」

「いや、本当に続けられるのだろうか。」

毎朝、ネガティブな思考に支配される日々。

「俺、大丈夫かな……。」

そんなことを本気で思っていた時期でした。


退職しても、毎日は続いていく

2003年の夏を過ぎた頃、肉体的にも精神的にも限界を迎えました。

主治医から以前より、
「一度、治療に専念しよう。」

と勧められていたこともあり、
2004年10月末で退職することを決意しました。

ところが、退職した途端、別の不安が押し寄せます。

「これから我が家はどうなるんだろう。」

11月下旬には2週間の入院。
インターフェロン治療ができるかどうか、その期間で決まります。

一度は治療続行が難しいという判断も出ました。
それでも最終的には治療を続けることができ、翌年5月まで半年間やり切りました。

おかげで完治には至らなかったものの、数値は大きく改善しました。

インターフェロンは、副作用でメンタルが不安定になることもあると聞いていました。
今思えば、本当に不安定だったのかもしれません。

でも、それ以上に毎日が忙しかったのです。

一日おきに通院して治療を受ける。

子どもを保育園へ送り迎えする。

食事を作る。

洗濯をする。

掃除をする。

ゴミを出す。

気が付けば、完全に主夫でした。


「毎日同じ」の意味が変わった瞬間

そんな生活を送る中で、一つのことに気付きました。

仕事をしていても。

退職して治療に専念していても。

やることは違います。
でも結局、人は毎日を積み重ねながら生きている。

その頃の私は、

「毎日同じことの繰り返しだ。」

そう思っていました。
ただ、目の前の一日を乗り切ることだけで精一杯だったのです。


今も必死。でも、あの頃とは少し違う

今振り返ると、あの頃は本当に必死でした。

病気。

仕事。

退職。

治療。

子育て。

主夫生活。

何もかもが初めて。
だから、とにかく前を向いて走るしかありませんでした。

では59歳になった今は、必死ではないのか。

……いや、今も十分必死です(笑)。

仕事もあります。

ブログも毎日書いています。

オペラとの暮らしもあります。

妻との時間も大切にしたい。

やりたいことも、次々に増えてきます。

気が付けば、一日なんてあっという間です。

でも、30代の必死と今の必死は少し違います。

30代は、
「今日を乗り切るための必死」。

59歳の今は、
「今日という一日を丁寧に積み重ねるための必死」。

同じ「必死」でも、その意味は少しずつ変わってきたように感じています。


ブログを書いているから気付けたこと

ブログを書き始める前なら、

「今日も何もなかった。」

そう思って終わっていたかもしれません。

でも、記事を書こうとすると一日を思い返します。

妻との何気ない会話。

オペラの新しい表情。

仕事で学んだこと。

昨日とは少し違う今日。

書こうとすることで、一日が少しずつ浮かび上がってくるのです。


今日という一日を、未来の自分へ

10年後、20年後。
きっと今の自分を振り返って、

「59歳の頃も必死だったな。」

そう思うのでしょう。
でも、その頃には今の必死さも、きっと愛おしく思える気がします。

毎日は同じように見えます。
だけど、毎日は決して同じではありません。

だから私は、今日もブログを書きます。

未来の自分が読み返した時、

「そんな毎日を、ちゃんと生きていたんだな。」

そう思えるように。


📘 次のお話:第252話「コーヒーは、一杯目を飲む前から始まっている。」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

チワワの「オペラ」と暮らしながら、日常の出来事や感じたことを、自分の言葉で気ままに綴っています。

オペラとの毎日はもちろん、コーヒー、バイク、昔の思い出、これからの人生のこと。

何気ない出来事の中にも、小さな発見や気付きがあって、時には笑い、時には考えさせられます。

このブログでは、

・オペラとの何気ない日常
・心がふっと動いた瞬間
・バイクや趣味の話
・人生を振り返って思うこと
・生活の中で見つけた小さな幸せ

などを、写真とともに記録しています。

未来の自分が読み返した時、

「あの頃も楽しんでいたな」

そう思えるような記録を残したい。

そんな気持ちで、今日も気ままに書いています。

どうぞ気軽に読んでいってください。
ライフログ「日々とぬくもり」
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