🕊️ 前回のお話:第251話「毎日同じようで、毎日は違う。」
夏になると、やっぱりアイスコーヒーが飲みたくなる。
今年も、そんな季節がやってきた。
もちろん、お店で飲むアイスコーヒーも美味しい。
でも、自宅で淹れる一杯には、それとは少し違う美味しさがある。
…いや。
美味しさというより、「心地よさ」と表現した方が近いのかもしれない。
一杯のコーヒーは、飲む前から始まっている
私が使っているコーヒーミルは、Time more S3という手動のグラインダーだ。
「電動の方が楽じゃない?」
そう言われることもある。
もちろん、その通りだと思う。
でも、私は手で挽く時間が好きなのだ。
まずはスケールの上にTimemore S3を置く。
そして豆を入れながら重さを量る。
18.0g。
ピタッと狙った数字になると、何とも言えない達成感がある。
誰に褒められるわけでもない。
でも、
「ヨシッ!」
となる(笑)。
ちょっとしたゲームみたいなものだ。
その日の気分で挽き目を変える。
今日は少し細かめにしようか。
いや、この豆なら中挽きかな。
そんなことを考えながらダイヤルを合わせる。
ハンドルを回し始めると、
ゴリゴリ……
ガリガリ……
そんな音と一緒に、豆を挽く振動が手に伝わってくる。
この感触が好きだ。
今日はどのドリッパーにしよう。
HARIO SWITCH。
V60。
Kalita Wave。
そんなことを考えている時間も楽しい。
ペーパーをセットし、
挽きたての粉をドリッパーへ移す。
サラサラ……
ザッ……
そんな小さな音まで心地いい。
そして、お湯を注ぐ。
ふわっと立ち上る香り。
ゆっくり膨らむ蒸らし。
この瞬間だけは、時間が少しゆっくり流れる。
二投目になると、
グラスの中の氷が
カラン……
コロン……
と優しい音を奏でる。
最後にドリッパーを外し、
氷を少し足して、
マドラーでクルクルと円を描くように混ぜる。

そして、ようやく一口目。
「あぁ、美味しい。」
もちろん、この一口を飲みたくて淹れている。
でも最近は、それだけじゃない。
豆を量るところから、
音も、
香りも、
手に伝わる感触も、
全部含めて、一杯のアイスコーヒーなんだと思うようになった。
オペラとの散歩も同じだった
ふと考えてみると、オペラとの散歩も同じだ。
散歩は、玄関を出た瞬間から始まるわけじゃない。
今日はどのハーネスにしよう。
顔を通すタイプにするか。
それとも、通さないタイプにするか。
排泄用の水を準備する。
防臭袋。
ペットシーツ。
おやつ。
おしり拭き。
一つずつ準備をしていると、
オペラがこちらを見ている。
口を少し開けて、
舌を出して、
口角を上げて、
「まだ?」
と言わんばかりの表情。
甘えた声を出したり、
少し吠えて催促したり。
その姿を見ているだけで、こちらまで笑顔になる。
「オペラ、行くよ。」
そう声を掛けると、
尻尾を高く上げて、
ゆっくり左右に揺らし始める。
嬉しいんだろうな。
散歩中も、私はオペラに話しかけっぱなしだ。
周りから見たら、
「この人、ずっと独り言を言ってる?」
そう思われても仕方ないくらい(笑)。
でも、それでいい。
帰るか帰らないかの攻防も楽しい。
帰宅したら、
ぬるま湯で足を洗い、
身体を拭いて、
ブラッシング。
「よし、終わった。」
そう思った瞬間、
リビングを全力疾走。
「遊ぼう!」
と言わんばかりに走り回る。
本当に体力お化けである(笑)。
散歩そのものも好きだけれど、
準備から帰宅後まで含めて、オペラとの大切な時間なんだと思う。
若い頃は、結果ばかり見ていた
こんなことを考えるようになったのは、いつ頃からだろう。
30代の頃は違った。
美容師として働き、
子育てをして、
B型慢性肝炎とも向き合っていた。
毎日が必死だった。
とにかく結果を求めていた。
もっと技術を身につけたい。
もっと売上を伸ばしたい。
もっと早く一人前になりたい。
もっと家族を安心させたい。
その頃は、
過程を味わう余裕なんてなかった。
もちろん、美容師という仕事柄、「結果だけではなく、努力やプロセスも見てあげなければ」と思うことはあった。
スタッフ、とくに女性スタッフと接する中で、「結果だけでは人は育たない」と感じる場面も少なくなかった。
でも、自分自身に対しては違った。
自分には、いつも結果ばかり求めていた気がする。
もしかすると、私は意味づけが好きなのかもしれない
最近、そんな自分に気付いた。
私は昔から、何でも意味づけしたがる性格なのかもしれない。
生きる意味。
存在意義。
「なぜ、それをやるのか。」
そんなことばかり考えてきた。
だからなのか、
コーヒー一杯にも意味を見つける。
オペラとの散歩にも意味を見つける。
ブログを書くことにも意味を見つける。
もしかすると、
最初から意味がそこにあるわけじゃない。
私自身が、その時間に意味を与えているだけなのかもしれない。
でも、それでいい。
18.0gぴったりで嬉しくなることも。
豆を挽く振動に「ヨシッ!」と思うことも。
オペラの笑顔を見て、こちらまで嬉しくなることも。
誰かに評価されることではない。
でも、その小さな積み重ねが、一日を少し豊かにしてくれる。
今日という一日を味わう
若い頃は、結果が全てだと思っていた。
今は、結果だけじゃない。
そこへ向かう過程も好きになった。
いや、好きになったというより、
過程そのものを味わえるようになった。
それが59歳になった今の、一番大きな変化なのかもしれない。
明日の朝も、きっとTimemore S3を手に取る。
美味しいアイスコーヒーを飲むため。
それもある。
でも、本当は違う。
あの時間を過ごしたいから。
豆を挽く音。
広がる香り。
氷が奏でる小さな音。
そんな何気ない時間に、自分なりの意味を見つけながら過ごす朝が、今の私にはとても心地いい。
もしかすると人生も同じなのかもしれない。
何か大きな出来事があるから豊かになるのではなく、
何気ない毎日に、自分なりの意味を見つけられた時。
その瞬間から、人生は少しずつ豊かになっていくのだと思う。

