学校の前で売っていたヒヨコ

昭和の小学校前で子どもたちが段ボール箱のヒヨコを囲んでいる様子 昭和の記憶

🕊️ 前回のお話:第127話「休眠から目覚めたバラ」


僕が小学生だった頃、
学校の前の文具屋のあたりには、
時々ちょっと怪しげな人が現れた。

手品のようなものを見せたり、
不思議なおもちゃを売っていたり。

そしてある日、
ヒヨコを売っている人が居た。

段ボール箱の中で、
ピヨピヨと鳴く小さなヒヨコ。

子どもたちはみんな
その箱を囲んで覗き込んでいた。

今思うと、
小学校の前でヒヨコを売るなんて
なかなかすごい時代だったと思う。

でも当時は、
それを不思議だと思う人は
誰もいなかった。


ヒヨコがニワトリになる

僕のいとこが
そのヒヨコを買った。

最初は手のひらに乗るほどの
小さなヒヨコだった。

ところが
五ヶ月ほど経つと
すっかり大きくなり、

立派なニワトリになっていた。

子どもながらに
それはかなり驚いた。

ヒヨコが
本当にニワトリになるんだ。

そんな当たり前のことに
妙に感動した記憶がある。

しかも
そのニワトリはメスだった。

やがて
ちゃんと卵を産むようになった。


二羽目のヒヨコ

それで調子に乗ったのか、
いとこは二羽目のヒヨコも買った。

ところが今度は
オスだった。

オスは
夜明けとともに鳴く。

コケコッコー。

当然ながら
近所にも響く。

なかなか大変だったらしい。

それでも
最期までちゃんと
面倒を見ていた。

そしてこの話には、
もう少し続きがある。

最初に買ったメスのニワトリと、
後から来たオスのニワトリ。

結果として
二羽はペアになった。

そしてある日、
いとこの家で生まれた卵が
孵ったのだ。

ヒヨコから育てたニワトリが、
ヒヨコを生む。

子どもだった僕には、
それがとても不思議な出来事だった。

さらに印象に残っているのは
その光景だ。

小さなヒヨコたちが、
親鳥のあとを
ちょこちょこと追いかけて歩く。

まるで
黄色い綿毛が
転がっていくようだった。

僕はその様子を
しばらく飽きずに
眺めていた記憶がある。


小学校の小動物小屋

当時の小学校には
小動物の小屋があった。

ウサギやニワトリなどを
学校で飼っていたのだ。

委員会だったのか、
係だったのかは覚えていないが、

児童が順番に
世話をしていた。

餌をあげたり、
掃除をしたり。

そんな光景は
当時は普通だった。


今の時代

今はどうだろう。

学校の前で
ヒヨコを売る人は
もう見かけない。

動物愛護や
公衆衛生の観点から、

そうした販売は
ほとんどなくなった。

学校での動物飼育も、
衛生管理などの理由で
減っていると聞く。

時代の流れと言えば
それまでだ。

衛生面への配慮も
もちろん大事なことだと思う。

それでも
あの頃の光景を思い出すと、

少しだけ
寂しい気もする。


あとがき

子どもの頃は、
何気ない出来事の中で

命の不思議を
自然に見ていたのかもしれない。

ヒヨコがニワトリになり、
卵を産み、
またヒヨコが生まれる。

今振り返ると、
あの光景は

とても貴重な
体験だったように思う。

昭和の小学校の前には、
そんな小さな命の風景が
確かにあった。


📘 次のお話:第129話「坂道の先の田んぼ」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

家族として迎えたチワワの「オペラ」と過ごす日々を中心に、 日常のささやかな出来事や感じたことを “そのままの言葉で” ゆるやかに綴っています。

オペラはまだ赤ちゃんで甘えん坊。 ふっとした仕草や表情に、あたたかさを感じる毎日です。 そんな小さな相棒と過ごす時間は、季節の移ろいをしみじみと実感させてくれます。

このブログでは、
・オペラとの何気ない日常
・心がふっと動いた瞬間
・飼い主として学んだこと、悩んだこと
・生活の中で見つけた小さな喜び
などを文章と写真で記録しています。

“note to self(自分への小さなメモ)” のように、 未来の自分がふと振り返ったとき、 温かい気持ちになれるページを残したい。

そんな気持ちで、ゆるく書いています。 どうぞ気軽に読んでいってくださいね。
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