🕊️ 前回のお話:第158話「自転車と自動車の法改正を見て思ったこと」
入社式、始業式、入学式がひと段落したころだろうか。
新しい環境、新しい人間関係。
この時期になると、毎年のように「距離感」という言葉が頭に浮かぶ。
近すぎても気を使うし、遠すぎるとよそよそしい。
ちょうどいい距離って、なかなか難しいものだ。
そんなことを考えていると、ふと小学校一年生の頃のことを思い出した。
入学式の翌日、つまり初めての授業の日。
担任の先生が来るまで、教室にはぽっかりと空白の時間があった。
男子が10人ほど集まり、自然な流れで黒板の前に陣取る。
「ちょっとくらいならいいよな?」
そんな空気の中で、黒板に思い思いの落書きが始まった。
もちろん、その中に自分もいた。
線を引いたり、意味のない絵を描いたり。
あのときの集中力は、今思えばなかなかのものだった。
ところが、だ。
教室の入り口に担任の先生の気配。
その瞬間、全員が一斉に黒板消しを手に取る。
「やばい、消せ消せ!」
まさに阿吽の呼吸。
…のはずだった。
ほとんどの落書きは綺麗に消えていく中、
なぜか一部だけ、まったく消えない。
焦る。
とにかく焦る。
何度こすっても、うっすら残るどころか、むしろ主張してくる。
「いや、なんで?」
その正体は、後になって判明する。
チョークに紛れて、クレヨンが混ざっていたのだ。
夢中で描いているときは気づかなかったが、
どうやら自分たちは“消えない落書き”をしていたらしい。
幸い、故意ではなかったこともあり、
叱られることもなく、軽く注意されて終わった。
ただ、あのときの焦りと、
消えない線を前にした妙な気まずさは、今でも少し覚えている。
今思えば、あれも一種の「距離感」だったのかもしれない。
みんなと一緒にいる安心感と、
一歩踏み込みすぎたときの違和感。
線を引くこと自体は楽しいのに、
引き方を間違えると、消えなくなる。
人との関係も、どこか似ている気がする。
近づきすぎてもいけないし、
かといって遠すぎても何も始まらない。
新しい環境の中で、
それぞれがそれぞれの距離を探っているこの時期。
あのときの“消えない落書き”のように、
少しだけ戸惑いながら、
自分なりの距離を見つけていくのだろう。

