🕊️ 前回のお話:第159話「消えない落書きと、人との距離感の話」
人との距離感について考えていたら、
今度は「自分との距離」のことが気になってきた。
人との距離は、近すぎても遠すぎても難しい。
それはなんとなく分かっている。
でも、自分との距離となると、
これがまた厄介だ。
近すぎると、どうなるか。
ずっと自分のことばかり考えてしまう。
少しのミスでも引きずるし、
「なんであの時こうしたんだろう」と何度も思い返す。
逆に、遠すぎるとどうなるか。
今度は、自分の状態に気づかなくなる。
無理をしていても、それが当たり前になってしまう。
気づいた時には、
「あれ?ちょっとしんどいかも」
そんな状態になっていることもある。
思えばここ最近、
体調を崩したときの自分は、
ずいぶん余裕がなかった気がする。
普段なら気にならないことに引っかかったり、
どこか攻撃的になっていたり。
あとから振り返ると、
「あの時の自分、ちょっと余裕なかったな」
そう思うこともある。
だけど、その時は気づけない。
ここで、ひとつ気づいたことがある。
「自分との距離感」というワードは、
それほど意識したことはなかった。
どういうことだろう?と思って調べてみたら、
なんてことはない。
いつもやっていた「自分との対話」のことだった。
これ、実は得意分野である。
気が付くと、
自分の中の自分と対話をしているのだ。
僕が思うに、
内なる自分の声こそが、自分の本音なのではないだろうか。
周囲に気を使いながら発する言葉や態度は、
少し大袈裟かもしれないが、
どこか“作られた自分”のようにも感じる。
だからこそ、
外に向けた言葉や態度に対して、
内なる自分の声が反発するのだ。
「さっきの発言、本心だったか?」
「それでよかったのか?」
そんな問いが、あとから湧いてくる。
逆に、
本音に従って行動できたときは、
その声が不思議と静かになる。
何も言ってこない。
それが妙にしっくりくるのだ。
人との距離も大事だけど、
自分との距離も同じくらい大事なのかもしれない。
近すぎず、遠すぎず。
少しだけ自分と距離を取りながら、
ときどき対話をする。
そんな付き合い方が、
今の自分にはちょうどいい気がしている。

