🕊️ 前回のお話:第169話「スピードトリプル1050と、ついにご対面した日の話」
手に入るものと、手に入らないものの違いってなんだろう?
ふと、そんなことを考えた。
ここ数年の自分を振り返ると、
不思議なくらい“手に入ったもの”と“手に入らなかったもの”がある。
2020年から2024年まで、
「高級腕時計」を手に入れようと、あちこち探し回っていた。
正規店に通ったり、
情報を追いかけたり、
いわゆる“努力”はそれなりにしたつもりだ。
でも、結果としては手に入らなかった。
途中からは購入制限や抽選販売になり、
物理的にも縁が遠ざかっていった。
——あれだけ欲しかったのに、手に入らなかった。
一方で、
2025年に入り、
必要に迫られて中古車の購入を検討した。
結果として、
フォレスターという掘り出し物に巡り合い、
すんなりと手に入った。
今では、日常の相棒だ。
さらに2026年。
大型二輪免許を取得したこともあり、
バイクの購入を考え始めた。
最初は周囲への“建前”もあって、
250ccクラスを見ていた。
でも、ワクワクしない。
次に本命のハヤブサを探し始めたが、
約1ヶ月探しても納得できる一台には出会えなかった。
そして、少し視点を変えた。
先輩が乗っているトライアンフに興味を持ち、
数日間、いろいろと眺めていた。
排気量、車種、年式、走行距離…
ある程度、自分なりの基準が見えてきた頃だった。
突然、現れた。
今回購入したスピードトリプル1050だ。
まるで、こちらが準備できたタイミングを見計らったかのように。
ここまで来て、ようやく少しわかってきた気がする。
手に入るものと、手に入らないものの違いは、
単純な「運」や「難易度」だけじゃない。
もっと現実的で、
もっとシンプルな話なのかもしれない。
例えば——
フォレスターは、
生活に必要なものだった。
毎日使う前提があって、
判断も早かった。
バイクは、
完全に“体験”だ。
乗りたい、
感じたい、
そういう感情がはっきりしていた。
じゃあ、腕時計はどうだったか?
妻へのプレゼントという理由もあったし、
資産として持つという考えもあった。
でも——
妻は「いらない」と言った。
自分も、普段は腕時計をつけない。
つまり、
“手に入れた後の自分”が、
まったくイメージできていなかった。
そう考えると、妙に腑に落ちる。
欲しいものにも、
種類があるのかもしれない。
頭で欲しいと思っているもの。
生活に必要なもの。
そして、
感情が動いているもの。
この違いは、
思っている以上に大きい。
特に感じたのはここだ。
「本気で欲しいものは、
ちゃんと現実の行動にまで落ちている」
逆に、
なんとなく欲しいものは、
どこかで止まっている。
情報の追い方も浅いし、
決断も鈍る。
だからチャンスが来ても、
気づかないか、
見送ってしまう。
腕時計は、
まさにそれだったのかもしれない。
欲しいと思っていたけど、
“使う未来”も、
“感情の熱量”も、
どこか中途半端だった。
一方で、
車とバイクは違った。
必要か、
もしくは、
心からやりたいことだった。
だから、
見つける力も働いたし、
決断もできた。
不思議だけど、
手に入ったというより、
“選びにいけた”という感覚の方が近い。
もしかすると——
「今の自分に必要なものだけが、
ちゃんと手元に来る」
そんな仕組みなのかもしれない。
もちろん、
コレクションとして
たくさんのものを持つ人もいる。
それはそれで、
一つの在り方だと思う。
でも今の自分は、
使うもの、
体験するもの、
そこに価値を感じているのかもしれない。
だからこそ、
手に入るものと、手に入らないものが
はっきり分かれている。
そんな気がしている。
答えはまだ出ていないけど、
少しだけ、
見えてきた気がする。
そんな一日だった。
