59歳、昭和の夏休みをもう一度

晩夏の風を感じながら、ラジオ体操や学校のプール、親戚の家で過ごした昭和の夏休みを思い出す59歳の男性 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第274話【今週、日本は何を見ていた? #005】
2026年7月27日~7月31日 世間の話題と社会の動きを振り返る


いよいよ8月に入った。

季節でいえば、晩夏。

けれど、気温はまだ高い。
日差しも、しっかり強い。

それでも7月下旬、ほんの一瞬だけ――

あれ、夏の終わりが近づいている?

そんなふうに感じた日が、二日ほどあった。

太陽の軌道が少し低くなったのだろうか。

この時間なら、まだ日なたのはずだった場所が、もう日陰になっている。

風も、真夏の熱気をそのまま運んでくる感じではない。

気温そのものは高いのに、風の奥にほんの少しだけ、秋の気配が混じっていた。


妻も、同じことを感じていた

その日の昼下がり、妻と電話で話す機会があった。

僕は何気なく、

「今日さ、まだ暑いんだけど、ちょっと夏の終わりみたいな風じゃない?」

と切り出した。

すると妻も、

私も同じこと思ってた!

と返してきた。

シンクロである(笑)。

こういう話は、誰にでも自然にできるわけではない。

男同士で突然、

「今日の風、少し秋っぽくない?」

と話しても、なかなか伝わらないことがある。

かといって、異性といきなり季節の気配について話す場面も、そう多くはない。

だからこそ、自分が感じた小さな変化を、妻も同じように感じていたことが、妙にうれしかった。


昔の8月上旬は、まだまだ余裕だった

そんな風を感じながら、学生時代の夏休みを思い出した。

昔の8月上旬といえば、

夏休みは、まだまだ残っている

という感覚だった。

宿題なんて、当然のように放置。

遊びと部活で一日が終わる。

8月中旬を過ぎる頃になって、ようやく少し焦り始める。

そして下旬になると――

焦る段階を通り越して、諦める(笑)

今思えば、かなり雑な夏休みだった。

でも当時は、それでよかった。

夏休みは長く、一日も長く、明日のことなんてそれほど考えていなかった。


昭和の夏は、ゆっくり流れていた

昭和の夏休みは、今よりも時間がゆっくり流れていたように思う。

朝は、ラジオ体操から始まる。

眠い目をこすりながら集まり、カードへスタンプを押してもらう。

日中は虫取り。

昼食を食べたら、少し昼寝をする。

夕方になって暑さが和らいだら、また外へ出る。

夕食を済ませたあとには、冷えたスイカを食べる。

そして、ときどき花火をする。

もちろん、毎日がそんなに穏やかだったわけではない。

部活もあった。

蚊にも刺された。

宿題も残っていた。

親に怒られる日だってあったはずだ。

それでも記憶の中では、嫌だった部分が少しずつ薄れ、夏の匂いや夕方の風、スイカの甘さばかりが残っている。

かなり思い出補整がかかっているけれど(笑)


学校のプールにも通った

プールにも、よく入った。

市民プールや、県が運営する公共のプール。

そして夏休み中は、学校のプールにも入ることができた。

午前と午後に時間が分かれていて、決められた時間に学校へ行けば、プールへ入れた。

子どもの頃は、それを当たり前のように思っていた。

けれど今になって考えると、夏休み中に学校のプールを開けるためには、先生方の負担も相当あったのだと思う。

監視する人が必要で、事故が起きないように気を配り、時間ごとに子どもたちを受け入れる。

当時の僕は、そんなことを何も考えていなかった。

ただ、

「今日はプールへ行ける」

それだけで喜んでいた。

水から上がったあとの、少し重たい身体。

家へ帰って昼ご飯を食べたあと、そのまま昼寝をする。

あの気だるさまで含めて、夏休みだった。


家族旅行の代わりに、親戚の家へ

我が家は商売をしていたこともあって、家族旅行へ行った記憶はほとんどない。

その代わり、夏休みになると、

父の実家へ何泊。

父の妹の家へ何泊。

そんなふうに、親戚の家へ送り出されていた。

遊びに行くというより、

夏休みが長いから、自宅を追い出されていた

と言った方が近いかもしれない(笑)。

父の実家にも、親戚の家にも、年の近いいとこがいた。

当時の僕にとっては、遊び相手がいるだけで十分だった。

自宅とは違う家で、いつもとは違う食事をして、いとこと好き勝手に遊ぶ。

たぶん僕は、相当自由奔放に過ごしていたと思う。


預かる側は、大変だったはず

でも59歳になった今、あらためて考える。
預かる側は、かなり大変だったはずだ。
食事は一人分増える。

寝る場所を用意する。

お風呂や就寝時間も変わる。

外へ遊びに行けば、ケガをしないか気を配る。

しかも年の近い子どもが集まれば、仲良く遊ぶだけでは済まない。

喧嘩もする。

調子にも乗る。

夜まで騒ぐ。

そこへ、自由奔放な僕が数日間加わるわけである(笑)。

あの頃の僕は、そんな気遣いや気疲れには何も気づかず、

ただ夏休みを満喫していた。

今だからこそ、親戚の人たちへ、

「大変だっただろうな」

と思える。


ひとりで大きくなったわけではない

子どもの頃の夏休みを振り返ると、そこには本当にたくさんの人がいた。

両親。

親戚。

いとこ。

学校の先生。

プールを管理していた人。

ラジオ体操を運営していた地域の大人たち。

僕は、自分の好きなように遊び、自分の力で大きくなったような顔をしていたのかもしれない。

もちろん、本気でそう思っているわけではない。

でも、当時は自分がどれほど多くの人に支えられていたのか、ほとんど分かっていなかった。

今になって、ようやく少し見えてくる。

人は案外、自分でも気づかないところで、誰かに助けてもらっている。

そして、その逆もあるのかもしれない。

自分では大したことをしたつもりがなくても、何気ない言葉や行動が、誰かの支えになっていた可能性もある。

僕にも、そんなことが少しくらいはあったのだろうか。

……あったと思いたい(笑)。


59歳で、もう一度夏休みを味わってみたい

今、あの頃と同じ夏休みへ戻れるわけではない。

ラジオ体操へ行って、虫取りをして、学校のプールへ入り、親戚の家を何泊も渡り歩く。

同じことを再現したとしても、子どもの頃と同じ気持ちにはなれないだろう。

僕には仕事がある。

家のこともある。

オペラもいる。

そして何より、

僕は59歳である(笑)

「あと6年もすれば、毎日が夏休みじゃないか」

そんな声が、どこからか聞こえてきそうだ。

でも、僕がもう一度味わいたいのは、仕事のない毎日ではない。

朝から晩まで予定を詰め込まず、目の前の夏だけを過ごしていた、あの頃の感覚だ。

プールへ入り、昼寝をして、夕方の風に当たる。

明日のことを、それほど気にしない。

一日が、今よりずっと長く感じられたあの夏休み。

それを、もう一度味わってみたいのだと思う。

7月下旬の風に、ほんの少しだけ秋の気配を感じた。

妻も、同じ風を感じていた。

そしてその風は、遠い昔の夏休みまで連れてきた。

この季節になると、井上陽水さんの『少年時代』が心に沁みる。

あの曲を聴きながら、思い出補整された昭和の夏を眺める。

それも59歳の、ひとつの夏休みなのかもしれない。

ただし――

宿題は、もうない。

その代わり、翌日の仕事はあるけれど(笑)。

そして、仮に毎日が夏休みになったとしても、

たぶん僕は三日目くらいには、何か新しい課題を自分で作っていると思う(笑)。


📘 次のお話:第276話「iMacからMac miniへ。仕事道具を選び直した」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
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