人生の途中で拾った道しるべ

森を歩く途中で、かつて出会った古い道しるべに何周かして再会する59歳の男性 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第278話「冷蔵庫の前に、気まぐれ王子のオペラが…」


座右の銘が、また増えた。

そう思ったのは、オペラとの向き合い方について考えていた時だった。

  • 従わせたいわけじゃない。
  • でも、守るために伝える。

そして、

曖昧にしない優しさ

この二つの言葉が、今の自分にあまりにも合っていた。

「これは座右の銘に加えたいな」

そう思った。

けれど、よく考えてみると、僕の中にはすでに大切にしている言葉がいくつかある。

  • 今ここ
  • 天真爛漫
  • 僕は影だ。
    でも影は、光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる。

そこへ今回の二つが加わった。

座右の銘、多くないか?(笑)


一つに決められない

座右の銘というと、自分の人生を表す言葉を一つだけ掲げるようなイメージがある。

けれど、僕にはどうやら一つでは足りないらしい。

過去のことばかり考えてしまう時には、

今ここ。

年齢や立場を気にして、自分らしさを忘れそうになった時には、

天真爛漫

自分が前へ出るよりも、誰かの良さを支えたいと思った時には、

僕は影だ

そして、相手を傷つけたくないあまり、必要なことまで言えなくなりそうな時には、

曖昧にしない優しさ

言葉によって、役割が少しずつ違う。

だから一つに絞れない。

むしろ、その時々で必要な言葉が変わるのだと思う。


どれも、一緒に歩いてきた言葉

振り返れば、これらの言葉は最初からきれいに並んでいたわけではない。

誰かから受け取った言葉もある。

仕事の中で生まれた言葉もある。

漫画の一場面から、心に残った言葉もある。

オペラとの暮らしの中で、ようやく形になった言葉もある。

時期も、場所も、きっかけもバラバラ。

けれど、どれもその時の僕に必要だった。

うまくいかない時。

自分を見失いそうになった時。

何かを決めなければならなかった時。

言葉たちは、僕の横にいた。

実践できていたかどうかは、また別の話だけれど(笑)。

それでも、完全に忘れることはなかった。


座右の銘ではなく、標識なのかもしれない

「こんなに増えて、いつか一つにまとまるのだろうか」

そんな話をしていた時、

人生の途中で拾った標識

という表現が出てきた。

その瞬間、妙にしっくりきた。

座右の銘というより、標識。

迷った時に進む方向を教えてくれるもの。

全部を同時に見る必要はない。

その時の自分に必要な一枚を見ればいい。

そう考えると、言葉が増えていくことも、それほど悪くない気がした。

そして、「道しるべ」に変わった

ところが、そのあと別のやり取りをしている中で、

「標識」という言葉が、

道しるべ

へ変わった。

その時、少し驚いた。

いや、正確には、驚いたというより、

何かを思い出した。

「道しるべ」という言葉は、僕にとって初めて出会う言葉ではなかった。

ずっと昔、仕事の中で使っていた。

その頃の出来事や、人とのやり取りまで、一気に思い出した。

普段はすっかり忘れていたのに。

言葉に触れた瞬間、記憶が突然こちらへ戻ってきた。

人間の記憶というのは、不思議なものだ。


何周かして、再会した

昔の僕にとって、「道しるべ」は仕事の中にある言葉だった。

誰かの役に立つこと。

人が進む方向を示すこと。

組織の中で、必要な情報や考えを届けること。

そんな意味を持っていたと思う。

それから何年も経った。

仕事も、立場も、暮らしも変わった。

僕自身も、たぶん少しは変わった。

そして今度は、

自分の人生の中で拾ってきた言葉たちを表すものとして、

「道しるべ」という言葉に再会した。

新しく見つけたと思った言葉は、実は昔の自分が一度通った場所にあった。

何周かして、再会した道しるべ

そんな感じがした。


点と点が、線になる

今回の流れは、最初から意図していたわけではない。

オペラとの関わり方について考えていただけだった。

そこから、

「従わせたいわけじゃない」

「曖昧にしない優しさ」

という言葉にたどり着いた。

さらに座右の銘の話になり、

人生の途中で拾った標識という表現が生まれ、

最後には、昔から知っていた「道しるべ」へ戻ってきた。

そしてその瞬間、

以前書いた、

森を歩く人

という言葉まで、またつながった。

意図して作った流れではない。

むしろ、あとから振り返った時に、

「ああ、ここもつながっていたのか」

と気づいた。

点と点を無理につないだというより、

歩いてきた足跡が、あとから一本の道に見えた。


同じ森の中を歩いていた

ブログには、いろいろなことを書いてきた。

家族のこと。

オペラのこと。

仕事のこと。

過去の後悔。

何気ない日常。

その時々では、別々の話を書いているつもりだった。

けれど、振り返ってみると、どこかで同じことを考えている。

今を生きること。

自分らしくいること。

誰かを支えること。

怖がらせずに伝えること。

優しさを、曖昧にしないこと。

全部、同じ森の中にあった。

ただ、その時は気づかなかっただけなのかもしれない。


道しるべは、まだ増えていく

きっとこれからも、僕の大切な言葉は増えていく。

そのたびに、

「また増えたな」

と思うのだろう。

けれど今は、一つにまとめなくてもいいと思っている。

人生の場面が違えば、必要な言葉も違う。

迷った時に、

今の自分に必要な道しるべを見つけられれば、それでいい。

森の中に道しるべが増えすぎて、かえって迷う日もあるかもしれないけれど(笑)。

それでも歩いていれば、

いつかまた、昔の自分が置いた道しるべに出会うことがある。

そしてその時、

「これ、前にも会っているな」

と気づくのだろう。

人間は、忘れているようで、

必要なものは案外、心の奥に残している。

何周かして、再会できる日まで。


📘 次のお話:第280話「頭痛に悩まされた一週間。犯人候補が多すぎる」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
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