気づき

「日々とぬくもり」

胸がゼーゼーする話

突然の胸のゼーゼーと咳、体調不良。忙しい月末月初に限って崩れる体と向き合いながら、無理をしないという選択について考えた記録。
「日々とぬくもり」

普通ってなんだ、と言われていた頃

「普通ってなんだ?」「みんなって誰だ?」と昭和の頃に繰り返し問われた記憶。小学生・中学生時代の体験や幼稚園のエピソードを通して、「普通」という言葉の曖昧さと今も続く違和感について考えた記録。
「日々とぬくもり」

どうでもいいけど、桜のことを考えている

満開間近の桜と雨予報に、なぜか気を取られる春の日。植物の不思議や好きな言葉、そして矛盾について、どうでもいいようで少しだけ考えてしまったこと。
「日々とぬくもり」

わからないまま、考えてしまうこと

今年は花粉症が軽い一方で、例年以上の気だるさを感じている。原因を探そうとしてしまう自分と、「わからないまま」に耐えられない人間の心理について考えた記録。
「日々とぬくもり」

誕生日と命日が同じということ

3月23日は誕生日であり母の命日でもある。同じ日に重なる「始まりと終わり」を通して、「今、ここ」という言葉の意味を改めて考えた記録。
「日々とぬくもり」

春分の日という「境目」に思うこと

春分の日に母と恩師の墓参りへ。昼と夜が等しくなるこの日に「今、ここ」という言葉と向き合い、自分の現在地を見つめ直した話。
「日々とぬくもり」

季節の変わり目と、人生の変わり目

季節が春へ向かう中、ふと自分の年齢にも目が向いた。2026年3月23日で59歳。これまで年代の節目を意識することはなかったが、最近になって人生が少しずつ整ってきた気がしている。「大器晩成型」と言われ続けた人生の途中で見えてきたものを静かに振り返るライフログ。
「日々とぬくもり」

世界は同じ。変わったのは自分。

2月が終わり、3月1日。春一番、梅の花びら、軽くなった街の装い。季節の移ろいの中で気づいたのは、世界が変わったのではなく自分の視点が変わったということ。穏やかな春の始まりを綴るライフログ第121話。
「日々とぬくもり」

鍵のかけ忘れから始まった、夫婦のすれ違いの話

玄関の鍵のかけ忘れをきっかけに起きた、夫婦の小さなすれ違い。思い込み、自己防衛、そして「最初の一言」が関係性に与える影響について綴った、等身大の備忘録。
「日々とぬくもり」

見ていたはずなのに、見えていなかった視点の話

妻との何気ない会話をきっかけに、株価の動きと「視点」の大切さに気づいた話。投資よりも今の暮らしを選ぶという、等身大の気づきを綴る記録。