🕊️ 前回のお話:第142話「誕生日と命日が同じということ」
ここ数日は、どこか立ち止まるような感覚があった。
普段は意識しないことを考えたり、自分の中を少しだけ覗き込んだり。
でも、時間はちゃんと進んでいく。
いつもの日常コーヒータイム
気がつけば、またいつもの日常に戻っている。
コーヒーを淹れる時間だ。
2週間ほど前に買った「さくらブルボン」を、タイムモアのS3で挽いていく。
ガリガリというより、もう少し軽やかな音がする。うまく言えないけれど、その感触がけっこう好きだ。
挽いた豆をハリオのスイッチドリッパーにセットして、粕谷式でゆっくり抽出する。
こうして書くとずいぶんこだわっているようにも見えるけれど、本人としてはそこまで気負っているつもりはない。
ただ、少しだけ手間をかけているだけだ。
まあ、贅沢といえば贅沢なのかもしれない。
いや、贅沢かどうかはよくわからないけれど。
でも、この時間はけっこう気に入っている。
コーヒーサイフォンやフレンチプレス、クレバーコーヒードリッパー。
気分によっていろいろ変えられるのも、ちょっとした楽しみだ。
わざわざ専門店に行かなくても、自分の家でそれなりに満足できる一杯が飲める。
そう考えると、これはもう趣味の領域なのかもしれない。
ちょっと大人っぽい、コーヒーシュガーのザラメタイプ
そういえば、中学生のころからコーヒーを淹れていた。
今思えば、ずいぶんませていたと思う。
コーヒーシュガーのザラメタイプなんて使って、「ちょっと大人っぽいことをしている」つもりだった。
あとになって気づく。
大人はブラックで飲むらしい。
なんだかズレている気もするけれど、あの頃の自分なりに、コーヒーというものに憧れていたのかもしれない。
コーヒーを好む理由
ふと考えることがある。
自分は、どうしてこんなにコーヒーが好きなんだろうかと。
遺伝なのか、それとも環境なのか。
正直なところはよくわからない。
ただ、ひとつ確かなのは、子どもの頃から母に連れられて喫茶店によく行っていたということだ。
あの頃は、喫茶店のコーヒーなんて苦くて飲めなかったと思う。
僕は、クリームソーダばかり頼んでいたからね。
そういえば、こんな記憶も記事にしている。
第1話「喫茶カトレアで聴いたジャズと、クリームソーダの記憶」
それでも、あの空間や、ゆっくり流れる時間は、どこか体に残っている。
たぶん、好きになったのは味ではなくて、そういう時間のほうだったのかもしれない。
あとがき
気がつけば、自分も同じようにコーヒーを淹れている。
特別なことではない。
でも、その一杯の中に、少しだけ過去が混ざっているような気もする。
何かが大きく変わったわけではない。
それでも、少しだけ見え方が違っているような気もする。
コーヒーを淹れて、ゆっくり飲む。
ただそれだけの時間の中で、「今、ここ」にいるという感覚が、自然と戻ってくる。
そんな日常も、悪くないと思っている。

