『親みたいなもんだ』の意味

若き美容師時代を振り返る59歳男性 「日々とぬくもり」

🕊️ 前回のお話:第212話「今年もアイスコーヒーの季節がやってきた」


僕が美容師になったのは19歳の頃だった。

右も左も分からない。

社会人経験もない。

今振り返ると、本当に子供だったと思う。

そんな僕を育ててくれたのが、創業社長夫妻だった。

創業社長はよく言っていた。

「俺たちは親みたいなもんだ」

当時の僕は、

正直ピンと来なかった。

いや、むしろ違和感しかなかった。

親は親だし、

社長は社長だろう。

何言ってるんだろう?

そんな風に思っていた。

だけど59歳になった今、

ようやくその言葉の意味を理解し始めている。

創業社長は厳しい人だった。

同じ話を何度もする。

耳に胼胝ができるほど聞かされた言葉もたくさんある。

その中でも今でも覚えている教えがある。

ご来店されたお客様の笑顔を創るのは当たり前。

だけど、その先を考えろ。

家に帰った時。

職場へ出勤した時。

同窓会へ行った時。

恋人に会った時。

その時に周囲の人達から、

「素敵ね」

「きれい!」

「可愛い!」

「私もそうなりたい!」

そう言われるところまで想像しながら仕事をしろ。

それがプロの仕事だ。

そんな話だった。

若い頃は、

技術を覚えるのに必死だった。

カット。

パーマ。

カラー。

接客。

毎日が目の前の事で精一杯。

だから正直、

言葉の本当の意味までは理解できていなかったと思う。

創業社長だけではない。

副社長にも随分お世話になった。

今だから言えるが、

一時期は嫌われていると思っていた(笑)

厳しかったし、

期待に応えられない事も多かったからだ。

同期や後輩と比べても、

僕は決して優秀な方ではなかった。

むしろ出来の悪い部類だったと思う。

言われた通りにできない。

遠回りする。

考え込む。

理解に時間がかかる。

上司から見たら面倒な部下だったに違いない。

それでも今振り返ると不思議なのだ。

本当に嫌いな相手に、

そこまで時間を使うだろうか?

そこまで真剣に向き合うだろうか?

そこまで何度も同じ事を伝えるだろうか?

答えはおそらく違う。

期待していたから。

成長して欲しかったから。

だから厳しかったのかもしれない。

最近になって、

そんな風に思えるようになった。

面白い事に、

創業社長の教えは今でも僕の中に残っている。

例えばコーヒー。

ただ美味しいで終わらない。

コーヒー農家さんの事が気になる。

気候変動の事が気になる。

フェアトレードの事も気になる。

オペラのトリミングもそうだ。

可愛いだけではなく、

皮膚や健康や生活まで考えてしまう。

バイクだって同じだ。

ただ乗るだけではなく、

技術や安全や人生まで考えてしまう。

これは性格なのかもしれない。

だけど、その一部は間違いなく創業社長から教わった事だと思う。

目の前だけを見るな。

その先や周りを良く見ろ。

その考え方は美容師を辞めた今でも生き続けている。

だから最近ふと思う。

もしかしたら僕は、

一番かわいがってもらっていたのかもしれない。

もちろん証拠はない(笑)

僕の勝手な解釈だ。

だけど59歳になった今、

創業社長が言っていた、

「親みたいなもんだ」

という言葉だけは、

ようやく理解できる気がしている。

親というのは、

ご飯を食べさせてくれる人だけではない。

生き方や考え方を伝え、

社会へ送り出してくれる存在でもある。

そう考えると、

創業社長夫妻は確かに、

僕を社会人にしてくれた「親みたいな存在」だったのかもしれない。

そして今でも、

その教えに助けられている。

人生というのは不思議なものだ。

若い頃には理解できなかった言葉が、

何十年も経ってから、

ようやく腑に落ちることがあるのだから。


📘 次のお話:第214話「オペラのカットデザイン | 悩んだ結果、今回はお任せにした」


プロフィール
こんにちは、自由きままなライフログを書いている おぷっぷ です。

このブログは、今の僕の人生を言い表す言葉を置いておきます。

「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」

目的地は決まっていない。

ただ、歩く。

風の音に耳を澄ませ、

鳥のさえずりに足を止め、

足元に咲く小さな花を見つける。

昨日は気づかなかった景色が、

今日はなぜか心に残る。

昔の足跡を見つけては、

「あの頃の自分は、ここを歩いていたんだな。」

と、静かに微笑む。

歩くたびに森の景色は少しずつ変わり、

歩くたびに自分も少しずつ変わっている。

だから、同じ道でも、

いつも新しい発見がある。

人生は、

山頂を目指して競い合うものではなく、

自分だけの森を歩きながら、
出会った景色を味わう旅なのかもしれない。

そして、このブログは――

人生という森を歩いて見つけた、小さな景色を残す備忘録。

未来の自分へ。

そして、いつか家族がこの森を歩く日が来たなら、

「あぁ、この人はこんな景色を見ながら生きていたんだ。」

そんなことが少しでも伝わったら、

それだけで十分。
ライフログ「日々とぬくもり」
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