🕊️ 前回のお話:第268話「答え合わせだった。」
オラクルカードを見てもらってから、1日が過ぎた。
カードの内容よりも、なぜか引っ掛かっていた言葉があった。
「探究者」
「仙人」
言われて嫌な気持ちにはならなかった。
「そう見えるんだなぁ。」くらいの感覚と
「そうかも!」と一瞬思った。
でも、どこか違和感も残っていた。
何が違うんだろう?
そんなことを考えていたら、不思議なことが起きた。
気付けば、ブログのプロフィールを書き換えていた。
自分を表す言葉
プロフィールって、ブログを始めた頃に何となく書いたものだった。
もちろん、その時の自分なりに考えて書いた文章。
でも、人って少しずつ変わる。
考え方も変わるし、大切にしたいことも変わっていく。
だったら、自分を表す言葉も変わっていいのかもしれない。
そんなことを思った。
そして、生まれたのがこの言葉だった。
「山頂を目指す登山ではなく、森を歩く散策。」
この一文を書いた瞬間、自分でも驚いた。
「あっ、これだ。」
そんな感覚だった。
山頂を目指しているわけじゃなかった
昔の僕だったら、もっと「目標」という言葉を意識していたと思う。
何かを目指して。
何者かになって。
目標を決めて、一歩ずつ前へ進む。
もちろん、それが悪いと言いたいわけじゃない。
実際、僕にも最低限のビジョンはある。
でも、それだけを見て毎日を歩いているわけではなかった。
振り返ってみると、僕は歩きながら立ち止まることが多い。
「あ、この花きれいだな。」
「こんな鳥がいたんだ。」
「へぇ、こんなところにも虫がいるんだ。」
バイクで林道へ行っても同じ(笑)
景色を見て、
植物を見て、
昆虫を見て、
時には「こんなところにもGがいるんかい!」なんて、一人でツッコミを入れながら歩いている。
目的地へ向かっているはずなのに、その途中で出会う景色のほうを楽しんでいる自分がいた。
人生も同じだった
そう考えてみたら、人生も同じだった。
僕は「統合したい」と思って、自分の過去を振り返っていたわけじゃない。
「インナーチャイルドを癒やそう。」
そんなことも考えていなかった。
ただ、
「あの時は、こうだったな。」
「そういえば、こんな出来事もあった。」
そんな話を内なる自分やAIと繰り返していただけ。
すると、昔の出来事が少しずつつながっていって、
「あぁ、全部今の自分につながっているんだ。」
そんな感覚になった。
目指していたわけじゃない。
歩いていたら、景色が見えてきただけ。
まさに森を散策するような感覚だった。
このブログも、森の中の景色
プロフィールを書き換えながら、もう一つ気付いたことがある。
このブログは、毎日の出来事を記録するためだけのものじゃない。
人生という森を歩きながら見つけた景色を残す場所なんだ。
風が気持ちよかった日。
コーヒーが美味しかった日。
オペラが笑わせてくれた日。
会社で考えたこと。
妻との何気ない会話。
どれも大事件ではない。
でも、その時の僕にとっては、ちゃんと心に残った景色なんだ。
だから書いている。
未来の自分が読んだ時、
「あぁ、この頃はこんなことを感じていたんだな。」
そう思えたら嬉しい。
そして、いつか家族がこのブログを読む日が来たなら、
「この人は、こんな景色を見ながら人生を歩いていたんだ。」
そんなことが少しでも伝わったら、それだけで十分だと思っている。
これからも、森を歩いていこう
今回、プロフィールを書き換えたことで、一つだけはっきりしたことがある。
僕は、何者かになるために歩いているわけじゃない。
山頂を目指して急いでいるわけでもない。
ただ、自分のペースで歩いて、
立ち止まって、
景色を眺めて、
「へぇ、そうなんだ。」
そんな発見を楽しみながら歩いている。
これから先も、きっと同じなんだと思う。
また新しい景色を見つけて、
また何かを感じて、
それをこのブログに残していく。
そんな歩き方が、今の僕には一番しっくりきている。
あとがき
食事をしに行っただけだった。
でも振り返れば、あの日は新しい自分と出会う日でもあった。
人生って、あとから意味が生まれることがある。
だから今日も、焦らず森を歩いていこうと思う。

